
ママ
最近、療育に通いはじめたんだけど、様子を見てたら、
ただ遊んでるだけなんだよね。
思っていた感じと違う気がして。これじゃ、別に特別な感じがしないし、わざわざいく必要もないのかなって思う。

せっかく通いはじめた療育が、
期待している内容じゃなかったのは、残念ですよね。
療育内容が一見遊んでいるだけに見える場合でも、
実は子どもの成長に合わせた工夫や関わりの工夫をしているなどの、配慮がある場合がありますよ
- 療育での「あそび」は、発達段階に合わせて工夫されていること
- 関わり方やサポート量が、その子に合わせて調整されていること
- 遊びの中にも、発達を促すねらいがあること
療育=訓練?「遊んでるだけ」と感じてしまう理由

皆さんが思う療育のイメージって
どんなものですか?
「閉鎖的なイメージ」
「できないことを訓練・勉強するところ」
「カードを使ってやらせる」
「言葉をいわせる」
なんとなくやらせるような場面を想像したり
言語訓練をイメージする方も多いかもしれません。
そもそも療育ってなんぞや?というと、
精神科医師の本田秀夫さんは、
次のように定義しています。
「治療的な視点をもちながら教育をしていくこと」を総合的に示す言葉
本田秀夫著:子どもの発達障害―子育てで大切なこと、やってはいけないことー)2021年:SBクリエティブ
ただ、教育するのではなく、
“治療的”つまり、
治療の目的を持って教育していく
という点がポイントなのだと感じます。
だからこそ、
「もっと訓練らしいことをしてほしい」
と感じてしまうのも自然なことです。
なぜ療育では“遊び”を大切にするのか
「こどもの仕事はあそび」
とよくいいますが、
子どもたちは、あそびの中でたくさん身体を使って、身体を鍛えたり、
人との関わり方ややり取りの仕方、ルールなどの社会性を自然と学び、経験を重ねていきます。

たとえば、砂あそびを例に挙げると
・砂の感触や重さを経験する
・スコップを使ってバケツに移しかえる
(手先運動)
・お友達との道具の貸し借りを経験する
・家族ごっこなどを通してみんなであそぶ
(社会性や対人、感情のコントロールなど)
1つのあそびの中をとっても様々な観点で、包括的に育っていきます。
あそびの魅力は、そもそも
子供たちにとって、
魅力的で“楽しい”
という点にあるように思います。
“楽しい”
“もっとやりたい”
“興味がある”
ということが
子どもたちの成長につながるポイントであると言えるのではないでしょうか。
発達に特性がある子どもにとっての「遊び」の難しさ
お子さんの中には、様々なあそびに挑戦することが難しかったり、
自分でうまく遊べない、お友達と一緒にあそぶことが難しいお子さんもいます。
そのような場合、
空間のレイアウトを工夫してみたり、
提供するあそびをその子の成長に合わせたりなどの工夫を行うことで、
新たな遊びに挑戦するきっかけとなったり、遊びからお友達とのやり取りやルールを学ぶ経験を深めることができる場合があります。

「幼稚園などの集団に入れれば伸びる」
こう言われる方もいます。
もちろん伸びる子もいます。
ただ、お子さんによっては、
同じ環境を共有していても
うまく遊ぶことができず、
「うまくできなかった」
と不全感を感じてしまったり、
そこで体験できうる経験をせずに終わってしまったりするということもあります。
お子さん1人1人に合わせた
サポートの仕方、量が工夫されている
そんな集団であれば、お子さんのより良い成長につながることが多いです。
療育は“ただ遊ばせているだけ”ではない理由
療育のあそびと
保育園や幼稚園でのあそびとの
大きな違いは、
「個人の得意なところ・苦手なところに合わせて、あそびや関わりが提供されているか」
という点です。
療育現場では、その子の得意・苦手に合わせて、遊びの内容や関わり方を調整しながら展開していきます。
またあそびの中で、
どのように取り組んでいるか
・身体の使い方
・物事の理解の仕方
・感覚の受け取り方
・環境の工夫など
様々な観点から、様子を見て、
1人1人に合わせたあそびや関わりを行い、
その都度、その子にとって良い方法に変化させていきながら
子ども自身の「できた」という達成感を味わえるような工夫をしていきます。
あそびの中で、実は何を育てているのか
先ほど砂あそびを例に、あそびの中に学びがあることをお伝えしました。
療育では、そこにさらに「このお子さんには、何を育てたいか」というねらいを重ねていきます。
「ただ遊んでいるだけ」に見えやすい活動を、いくつか例に挙げてみます。
トランポリン
体幹を養う/前庭感覚(揺れやスピードを感じる感覚)の体験と受け入れ
ブランコ・スイング
体幹/前庭感覚の体験と受け入れ/順番を待つなどの社会性
粘土・スライムなどの感触あそび
いろいろな感触の体験と受け入れ/手先の巧緻性(細かく動かす力)
ままごと・ごっこあそび
手先の巧緻性/他者とのやりとり/ことばのやりとり/役割を共有する経験
積み木・ブロック
手先の巧緻性/他者との共有経験/物の貸し借り
手あそび・楽器
発語や模倣を促す/手先の巧緻性/順番などの社会性
そして、その前提としてもうひとつ。
お子さんの好きな感覚をあそびに取り入れることは、それ自体が情緒の安定や発散につながります。「揺れるのが心地いい」「スライムの感触が好き」——その子が好きだと感じるものを入り口にすることで、安心して活動に入っていけることが多いのです。
ただ、ここまで読んで気づかれた方もいるかもしれません。
同じあそびでも、目的やねらいは一つではありません。
対象となるお子さんやグループの構成によって、あそびの展開の仕方や環境の設定によって、育っていくものは変わります。
だからこそ、その場その場で柔軟に展開を変えながら、子どもの「できた!」「もっとやりたい!」を引き出していく。そこを見極めながら関わっていくことが、療育で私たちがいちばん大切にしている点です。
“やらされる訓練”よりも、主体的な遊びが力を伸ばす理由

先程、あそびとは
子どもにとって“楽しい”“魅力的なもの”
とお伝えしました。
長年、子どもたちを療育現場で見ていく中で、療育の活動においても“楽しさ”という点はとても大切だと思います。
私たちもそうですが、
《仕事や習い事など、 何かを無理やりさせられて身につけること》と、
《自分で選び、楽しいと感じながら身につけること》
どちらがより自分の力になるでしょうか?
私は、後者だと感じています。
療育の中では、
いかに子どもたちが
“楽しく” “意欲的” に活動へ参加できるか
という点をすごく考えています。
その“楽しさ”の意味や価値観は、個々によって違います。
そのため、子ども一人ひとりの“楽しさ”や“魅力”はどこにあるのかを
よくよく見極めながら、その子にあった活動を提供していくことが大切だと思います。
時に子どもたちのしたいことと、
大人の獲得してほしい力・経験してほしいことが違う場合があります。
そんな時に私はいつも、
“いかに、子どもたちのしたいことに寄せていけるか”
ということを考えます。
子どもたちのしたいことの中に、大人の願いを組み込んでいくということです。
大人の“やらせたい”という思惑が全面に出てしまうと、
子どもたちは“やらない”という選択に至るときがあります。
大人が子どもたちの成長を願うことは当然のことだと思います。
その時に、子どものベクトルに合わせていきながら
「気がつけば、子どもが楽しく大人の立てたねらいを達成できていた」
という経験につながるといいなといつも思っています。
言葉を伸ばすためにも、まずは土台となる経験や関わりが大切です。
「言葉の訓練よりも大切なこと」については、こちらの記事でも詳しく書いています。
療育が「意味ない?」と感じたときにできること

ただ、療育のあそびの中で、
- 支援者のねらいが見えにくい
- 子どもの発達にとって必要なことなのかわからない
- 療育に行っている意味があるのかな・・?と不安に思う
そんな時は、
支援者に疑問を聞いてみることを
おすすめします。
時に見えにくいねらいや
目標がある場合もあります。
そして、療育のねらいを保護者の方に説明できることが私たち支援者の力量だと感じています。
不安な点を一緒に解消したり、
考えられる支援者と
一緒にお子さんのサポートチームを作っていけることがお子さんのより良い成長に繋がるのだと思います。
まとめ
療育の中で感じる
「ただ、遊んでいるだけ?」
という感覚は自然なことだと思います。
子どもたちの発達や学びは、あそびから広がっていきます。
ただ、あそびの環境や内容がその子に合っているかということは、子どもの力を伸ばす上で大切な視点だと思います。
そこを見極めていき、必要なサポートや環境調整をしていくことで
さらに様々な経験を広げることやできることが増えていくことに繋がっていきます。
大きな不安や疑問が膨らむ前に、
支援者と共有しましょう。
そのつみ重ねがお子さんの成長に繋がっていくのではないでしょうか。






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